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最終更新日:2012/ 9/17(月) 11:04:35

学会報告「1920 年代『外交時報』にみる日本の国際情勢認識」

目次

  1. 基本情報
  2. 報告の概要
  3. 補足情報
  4. 関連リンク

基本情報

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報告の概要

はじめに

1898年に創刊された『外交時報』は、1920年に半沢玉城が編輯人に就いたころから、日本の外交論壇の中心に位置する、重要な雑誌へと成長していつた。その特徴としては、政、財、官、学、軍および評論の各界を代表する者たちが競つて寄稿したことのほか、その主張がきはめて多様で、ときには相対立する内容の論説が、そのまま併載されたことである。本報告では、そのやうな同誌に掲載された論説を通覧することによつて、当時の各界で活躍したエリートたちの「国際情勢認識の実態」について探ることにしたい。

世界的な外交潮流についての認識

この点について、編輯人の半沢玉城や、同誌の寄稿者たちの認識に大きな相違はみられない。具体的にいふと、国際関係はこれからますます緊密化・複雑化してゆくし、「国民の支持や批判を反映する」という意味での「外交の民主化」や「国民外交の実現」は、日本を含めた世界的な趨勢となる。また、世界大戦を機に国際関係が直ちに根柢から変革することはなく、今後も列強間の相剋や対立は続いてゆくであらうといふ点でも、論者たちの認識に大差はなかつた。

国際情勢に関する中期的な展望

上記のやうな共通認識のもとで、国際情勢に関する中期的な展望を比較すると、そこには、やはり多くの論者たちに共通する点と、人により相違する点が併存してゐる。たとへば「国際聯盟が、ただちに有力な機関になることはない」といふ認識については、大方の寄稿者が同意してゐたが、その将来については、これに強い期待を寄せるものと、きはめて冷淡な態度をとるものとに二分されてゐた。

日本のとるべき途についての提言

この点についても、多くの論者の主張が収斂する点がみられる一方、対立する部分もある。具体的には、外務省に代表される外交機関の改造が必要とする点や、「国民外交」の健全な発展のために、これからは政治家や国民に対する「外交教育」が重要になるといふ点については、多くの論者が等しく認めてゐた。一方で具体的な政策、つまりワシントン会議や国際聯盟への対応、日米問題や中国問題に対処する方法などになると、論者ごとに多種多様な議論が展開されてゐた。

  1. 配布レジュメ (PDF形式)

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補足情報

本報告は、翌月に大東文化大学で行つた報告を経て、論文「1920年代『外交時報』にみる日本知識人の対外認識:半沢玉城と末広重雄を中心に」(武田知己・萩原稔編『大正・昭和期の日本政治と国際秩序』思文閣、2014年)へと発展します(下記の関連リンクを参照)。そちらもご覧いただければ幸です。

また本報告に関して、なにかお気づきの点がありましたら、ご一報いただけると幸です。

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